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8.解放の呪文


「そんな言い方すんなよ、涼。」

重たい空気を破って、加藤は、やや強い口調で言った。
涼は、ハッとなって俯いた。

「ごめん……。私――」



「別に他意はねえよ。それに俺は……うまく言えねえが、同情と憐れみっちゅうのは別モンだと思ってる。俺は……おまえの過去を聞かされて、おまえを思った時に、胸に痛みを感じたんだ。心底、辛いと思ったんだ。そういう感情は……悪いことなんかじゃねえと……俺は思ってる。」

加藤の言葉に黙って頷く山本。
涼は、返す言葉もなく項垂れた。
再び長く、息苦しい沈黙が部屋を支配した。
やがて、涼が重い口を開く。

「私……あの時、ホントは死んでもいいや――って思った。ショウタが……あんな風に死んでしまって、あの施設も吹き飛んでしまって、行くとこもないし……。母の言った通り、どの道こんな風にしか生きられないんだ――って思った。何もかも、どうでもよくなっちゃって、あの時は、むしろ私、死ぬことを望んでたのかも知れない。」
「涼、おまえ……。お袋さんに何か言われたのか?」

加藤が眉間に皺を寄せて尋ねる。

「――おまえは私の子だからね。ろくな死に方はしないよ。わかるんだよ。おまえは私にそっくりなんだ。」

涼は、消え入りそうな声で、小さく呟いた。

「なんだよ、それ?」

加藤が身を乗り出す。


涼は、うつむいたまま目を閉じる。

「母が……私に遺した最後の言葉。」
「ンだとぉ?自分の子供に言うセリフじゃねえだろ!!」

咄嗟に叫んでしまって、すぐさま加藤は謝った。

「あ、いや、スマン。おまえのお母さんなのにな……。」
「いいよ、別に気にならないから。」

「俺も……気にいらねえな。ろくな死に方しないのは、そういう生き方しかしなかったからさ。おまえは違う。おまえはおまえさ。おまえがどう生きるか――さ。」

小さく首を横に振る涼に、山本は低い声で言う。
加藤も大きく頷いて言葉を継ぐ。

「そうさ。山本の言う通りだぜ。おまえ、お袋と同じ末路をたどりたいのかよ!んなこと思っちゃいないだろ。だったら同じにはならねえ!!おまえはショウタに会ったんだろ?オレ達にも会ったろ?お袋のつまんねえ言葉にいつまでも縛られてんじゃねえ!そうだろ!しっかり前向いて生きようぜ。おまえも、オレ達も、な?」
「さぶちゃん……。」
「しっかりしろよ。おまえ、やることあるんだろ?俺は、正直言って、人様に自慢できるような生き方をしてきたわけじゃない。でも、すべて投げやりにして何の価値もない人間になっちまうのも恐い。そんな程度の人間だ。俺達はもうじき宇宙に出る。そして操縦桿、しっかり握って全力を尽くして戦う。それしか知らねえし、できねえからな。おまえは医者になるんだろ。早く身体を治して、そのために全力を尽くせ!」
「山本、さん……。」

「もしかしたら生きて帰ってくることは叶わないかもしれないし、地球をホントに救えるかどうかもわからない――。けどよ。ただじゃ終わらないさ。手をこまねいて見てるだけっつぅのは性に合わねえからな。」――と山本。
「おまえにしかできないこと、あんだろ?無きゃ探すのも仕事のうちさ。俺達は俺達にしかできないことをやる。な?」――と笑顔の加藤。


私は母とは違う。
私は私なのに、そんな簡単なことに何故、気づかなかったのだろう。


母は小さな子供のように膝を抱えて蹲ったままオトナになってしまった。
殻に篭ったまま、人生に幕を引いてしまった。


私は――。
母のように悲しみと憎しみの中で、いつまでもいつまでも嘆きながら、自分を救い上げてくれる誰かを待つだけの人生なんてイヤだ。

私はいつまでも殻の中にはいないよ、お母さん。
私は私として生まれるんだ。ねえ、お母さん。
私の終わりは、まだ決まってなんかいないんだ!!

「確かに私は……。ヒトサマから見れば、それなりに不幸なプロフィールだし、遊星爆弾でやられちゃった時は……諦めてた。悲しいことも辛いことも、どこかで、祖母や両親や……世間のせいにしてたと思う。」

加藤は、いつになく、ゆっくりと言葉を選びながら穏かに語り掛ける。

「うまく言えねえけどよ。どんなにすげえヤツでも、人間ってのは、案外カンタンに、つまんねえ感情に支配されちまうもんなんじゃねえのかな。天才づくりに勤しんでたイカレた科学者も、おまえのお袋も、きっと、そういうことに気づかなかったんじゃないかって、俺、思うんだ。」

それを受けて、山本も静かな口調で言った。

「なあ、涼。どんな天才でも、人間てのは、それなりのプロセスを踏まないと成長していかないんじゃないか――って、俺は思うんだ。」

加藤と山本の言葉が、涼の心に溶けていく。

――私はこれで母の呪縛から解放されたのかも知れない。

涼は晴れやかな顔で、加藤と山本の顔を見つめた。

「私、思うんだ。きっと、ショウタが二人に引き合わせてくれたんじゃないかって。」

涼は犬のぬいぐるみとハウスウエアを胸にギュッと抱いて、にっこりと微笑んだ

「これ。大事にするね。」

今日、涼が二人に見せた笑顔は、子供らしからぬ大上段に構えてのものではなくて、まだ12歳の少女の、無邪気で屈託のない笑顔だった。


8.解放の呪文    終了